40代の悩みに効く物語

夢のために生きることが苦しかった「田中広」のあきらめ(しあわせアフロ田中)

「人生このままでいいのか?」という迷いはいつまで続くのでしょうか?いつまでも続くんでしょうね…。今の状況に満足せずに何かを探し続けるのは「苦しみ」でもありますが「幸せ」とも言えますが、何かを求めることは基本苦しみが多いわけでして。

本作「しあわせアフロ田中」では、主人公の田中が、前作「さすらいアフロ田中」につづき、またまた会社を辞めて、新しい夢を追い始めます。そして田中の彼女・ナナコもマンガ家という夢に向かって歩みはじめます。その二人の夢を追う過程のなんだかんだの物語です。

田中

辛い労働が大半を占めている人生って…おかしいに決まってる。もっと他の生き方があるはずだ!!もっと幸せな生き方があるはずだ!!

このマンガを読むことで「夢を追う」ってホントに幸せ?ということを、田中とナナコという他人事で眺めることができます 笑。本記事では、その見どころを紹介したいと思います~。

アフロ田中シリーズ概要:モテない・夢ない・金ない現代男子の「悩み」が詰まっている。

アフロ田中とは、アフロ頭(天然パーマ)の持てない男・田中広のしょうもない日常マンガ。コミック10巻ごとにシリーズになっており、第1シリーズは、田中の高校生の話「高校アフロ田中」、第2シリーズが高校を中退したあとの話「中退アフロ田中」、第3シリーズが東京へ上京した話「上京アフロ田中」、そして第4シリーズが人生の目的を見つける旅に出る「さすらいアフロ田中」だ。

物語の登場人物は、田中と高校時代からの同級生である岡本、先輩である井上、村田、大沢という同じくモテない男たち、そして上京後には職場の先輩である、モテない中年デブ・西田さん、ナンパ師鈴木さんなどである。

高校時代からの仲間たちとは日々「セックスして~」「彼女がほしい…」と言いながらグダグダとした日々を過ごし、職場の先輩たちからはそんな田中へ様々な助言や風俗が提供される。

本作品は、田中の日々色んな事に失敗したり、へこんだり、開き直ったり、悟りを開いたりという心模様が、モテない・夢ない・金ない現代男子の共感を呼び、大ヒットマンガになったのだ。なんやかんや、ドラマや映画にもなりましたからね。Amazonプライムビデオ(Amazonプライムビデオの見方はコチラの記事を参照)で観れます。

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現在の田中は、「高校」「中退」「上京」「さすらい」「しあわせ」「結婚」と6シリーズに及びついに完結をする。

田中の日常はだいたいこんな感じ
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あらすじ:夢を見つけ、あがき、あきらめる

前シリーズの「さすらい」のラストは、カタールに旅立つことだが、それに関してはまったく触れていない。神奈川県の海辺の町のマグロ工場で働いているところから物語は始まる。田中は日本に帰ってきて、旭工務店で働いていたが、昇格すること打診されたが責任が重くなることに気乗りせずいたところ、一緒に旅にも出て友達の村田からゲストハウスを一緒にやらないかと持ち掛けられ、仕事を辞める。

ゲストハウス開業のため自力でリノベーションをする日々の中で、エリちゃん、ミホちゃんという女子たちが現れ、オナニーやら、おっぱいやら、セックスやらのいつもの話が繰り返される。1年半もの時間をかけたゲストハウス開業準備は、建物が全焼するという結末で終わる。

そんな日々を過ごしているうちにあっという間に1年が過ぎ、田中は30歳になっていた。地元に帰ってきた田中は、プー太郎生活を周りに非難されながら、次の夢を探す日々を送っていた。そこで見つけたのが「釣り堀」を経営したいという夢、しかしその夢には2,000万円もの自己資金が必要だということがわかり…金を貯めるため結局旭工務店に戻ってくる。

それからの日々は、ナナコとの同棲生活が始まったり、旭工務店で新しく一緒に働くことになった若者たちとの、オナニーやら、おっぱいやら、セックスやらのいつもの話が繰り返される。

漫画家を目指してたナナコはついに連載を持つことになる。しかしその夢だった日々は、肉体と精神を削っていく。連載打ち切りと共に精魂尽き果てる。これは本当に目指していた夢だったのかと。一方田中はコツコツ働き200万円もの貯金を作ることに成功。しかし、釣り堀のためにこの金を使うのかと考えたらまた絶望がおそってきて、釣り堀の夢をあきらめる。

夢をあきらめた2人には幸せな毎日が訪れる。そして2人は結婚するのだった。

https://twitter.com/spiritsofficial/status/1166998928304140294

みどころ:日常を犠牲にして目指す夢は本当に夢か

なぜ夢をあきらめた2人が幸せになったのだろうか。それは、その夢を追いかけることがあまりに今の日常を踏みにじることになってしまったからではないか。

アルバイトをしながらゲストハウス開業のためのリノベーションをする日々も、1年も続けば、当初の高揚感はなくなり、貧乏でとても幸せとはいえない日常が常態化する。「あれなんでオレこんなことやってるんだっけ」となるやつである。

田中

日常化してしまった、この生活が。自由な人生…当初のあのワクワクが今はもう、ただ金のない貧乏生活が永遠に続いていくような

そして、漫画の連載でボロボロになったナナコは、連載が終わったあとに取り戻した、ご飯を作って食べる、機嫌よく日々を過ごすという当たり前で、幸せを取り戻した。

ナナコ

毎日の当たり前の幸せを捨ててまでやらなきゃいけない仕事なんてないのかもしれない…。マンガでも無理のない働き方…それを模索したほうがいいかもしれない

田中も、釣り堀のために200万を使い、あと10年以上も釣り堀をやるためだけに日常を使っていたら、それは幸せな日々とは呼べないだろう。

田中

どーしてそんな!!オレだけ穴を掘らなきゃいけないんだ!!2000万円も投資して…もうからなかったらどうするんだ…赤字…!?そんなバカな…一生懸命働いて…働いて…働いたのに…あわわわわわわわ!!!

まとめ:夢を手放す勇気

しあわせを見つけるためには、「夢を手放す」ことも重要なのである。名著「夢をかなえるゾウ」のシリーズ4作目でもそのことは語られている。この物語はガネーシャという神様が様々な偉人たちの言葉を引きながら、人間の主人公が夢をかなえることと応援?するものだ。

そこで語られていることの一つに「かなえてきた夢を思い出す」ということがある。

ガネーシャ

自分が思い描いた未来は実現できへんかもしれへん。そんで今、自分は実現できへん未来だけを見てる。でも、自分はすでに、たくさんの夢を実現してきたんちゃうか?自分は未来に縛られすぎて、これまで夢をかなえてきた自分を忘れてもうてんねん

たしかに、あれだけセックス!おっぱい!と言っていた田中は、今はナナコという彼女がいてセックスもおっぱいも手に入れているのである。

ガネーシャ

夢が生み出す苦しみから逃れる方法はな、目の前のある石が、かつては岩だったことや、これから砂になることを思い出すことや。自分らが、岩、石、砂て分けて呼んでるもんは、ほんまはつながっている一つのものであり、そのつながりの中に自分も含まれとるちゅうことをな

何が言いたいかというと、自分が他とは違って特別だと思う事、他者と線を引くこと、自分が完璧な状態を目指すことは、自ら「つながり」を絶つことを意味している。すべてはつながって、形を変えて存在しているだけということ、特別な存在なんてないということを想像すれば夢に苦しめられることはない。

第3シリーズ「上京アフロ田中」の記事はこちら

第4シリーズ「さすらいアフロ田中」の記事はこちら