マンガ

孤独で不安な毎日へささやかに抵抗する方法(ゾッキ)

孤高の漫画家と言われる大橋裕之の初期作品をまとめた短編集「ゾッキA」「ゾッキB」を紹介する。

テリー

孤独な青年期を過ごした人にオススメ!
若かりし自分を見るような「気恥ずかしさ」と今の自分にはない「強い衝動」を思い出してちょっと笑えるそんな作品。ライターの武田砂鉄さんや、小説家の山崎ナオコーラさんも絶賛。2021年4月には映画も公開されます。

短編集なので、短めの物語がそれぞれ10本くらい入っている。その物語は、簡単に言えば、孤独な主人公のつまらん日常に起きた、ちょっとした出来事(ハプニング)ちょっとずれた日常への抵抗(謎の行動)とでも言えるだろうか。とにかく何か劇的な展開がある話ではなく、たんたんとした日常の物語なのだ。

大橋裕之のマンガで最初に読んだのがこの「ゾッキ」だった。何かを思い出しそうで思い出せない変な感覚に襲われ、その感じを言葉にするのが難しかった。

この記事では、多くの短編の中から少年・青年が主人公となっている物語を3つ紹介する。

伴くん 引くに引けなくなったあの日のこと

あらすじ 現実には存在しない友人の姉に恋をした

牧田は高校2年生の時に同じクラスの伴君に「お前の姉ちゃんかわいいらしいな」と声をかけられた。伴君は半笑いで「死にたい」とよく独り言を言って、クラスの中で浮いていた。そんな伴君と牧田は友達がいない同士仲良くなった。伴君は何かにつけて姉ちゃんの話をしたがった。

そんなある日、伴君が「お前の姉ちゃんのパンツ売ってくれないか」と思いつめた顔で言ってきた。そんな伴君におされ牧田は、伴君に売るためにパンツを買いに行った。なぜなら牧田に姉はいなかったから。それ以来伴君の姉ちゃんへの気持ちはヒートアップしていく。そんな様子を見て牧田は「姉ちゃんは交通事故」で死んだと伴君に告げた。伴君は、牧田の家に線香を上げに来た、遺影には牧田が中学校の時に好きだった本田さんの写真を飾った。

大学生になり二人は疎遠になった。ある時、伴君が牧田に「お前の姉ちゃんに会った」と連絡があった。それは本田さんだった。伴君は、何度も振られたが、本田さんにアタックし続けた。伴君の執念は実った。二人は結婚した。

牧田は結婚式で本田さんに再会した。伴君は未だに姉の命日には線香をあげにくる。でも遺影の写真は、牧田が二番目に好きだった前川さんの写真に変わっていた。伴君はそのことに気づかなかった。

感想 ウソが積み重なりおかしなことになった記憶

私はこの物語を読んで大橋裕之に強く興味を持った。こんな思い出、似た経験なんてないはずなんだけど、なんかこんなウソが積み重なっておかしなことになった事が子どものころに合ったような気がする…そんな気持ち悪い読後だった。

伴君という変わった男と関わったことで起こってしまった牧田君にとっての気持ち悪い思い出…とでも言うべきだろうか。伴君もおかしいが、話を合わせてしまった牧田君が引くに引けなくなり「姉は死んだ」と言い、自分の好きだった子を遺影にするというのもかなり変だ。でも「引くに引けなくなり」おかしな行動をとってしまう…なんてことが合ったようなないような…。なんか開けちゃいけない、思い出の箱を開けてしまいそう。

カントリーボーイ 自分への期待に胸躍らせ落胆したあの日のこと

あらすじ 一歩踏み出したひきこもりの松井君

松井君はひきこもり。月に1回は謎の衝動に駆られて外に飛び出す。「なぜかこの日だけは信じられないくらいに自分への期待が膨らむのだ」と言う。そんな松井君に親戚のおじさんが週1回でいいから工場で仕事をしないかと誘ってくれた。これが普通になるチャンスだと思った松井君は、工場に通うようになる。

しばらくして工場入ってきたひきこもりの洋子ちゃんに松井君は惚れてしまう。工場のおばちゃんが洋子ちゃんと付き合っちゃえとけしかけるれ、そしてデートの練習と称して連れ出される。松井君はこのおばちゃんにラブホ誘われるが逃げた。その時、洋子ちゃんが年上の男と手をつないで歩いているのを見かけた。

松井君は深く傷ついたが、人並みに傷つくことができた自分がなんだかうれしかった

感想 期待は膨らみ萎むでも踏み出した一歩は大きい

ひきこもりの松井君が爆発するとき、それは「自分への期待が膨らむ」時だという。それ以外の時は自分の駄目さ加減に死にたくなっているのだろう。でも、月に1回くらい「自分にも何かできるのではないか」という気持ちが膨らむという、でももちろん何も起こらずに家に着くころには落ち着いている、この不安定なメンタル…私にはなんかわかるのだ

そして勇気を出し、働き出して、勝手に恋もしてふられて、おばちゃんに誘惑されるプチエロ体験もして…そんな自分がうれしかった。いや、なんかというか、よくわかるよ、この感じ。

アルバイト 小さな冒険は本当にちっぽけだったあの日のこと

あらすじ 「マ〇コ」と書いた紙を置いて帰った

男は、本屋に併設された客のあまり来ないCDショップに勤めていた。唯一の楽しみは、かわいい女性のお客さんが予約票に書いた住所を見て「あのへんに住んでいるのか」と想像すること。

そんな日常を送る中で、ある日退勤前にレジ脇に「マ〇コ」と書いた紙を置いて帰った。翌朝も自分が一番先に自分が出勤するから誰にも見られないはずだった。その日帰ったら、テレビにニューヨークの高層ビルに飛行機が突っ込んだ映像が流れていた。翌日、例の紙はなぜか置いておいた移置からちょっとずれていた。その日は丹念に床を磨いた。

感想 自分の小ささに気づいた

かわいい女の子がどこに住んでいるのかを想像して楽しむ日常から、レジ脇に「マ〇コ」と書いた紙を置いていくという大冒険へと踏み出す大スペクタクルな物語。でも世の中ではもっとすごいことが起きていた。そして日常に戻っていく。小規模な男の大冒険は、ふと始まり、自分の小ささに気づき、さっと終わっていく、この感じ好き

おわりに あの日の情熱と絶望

この3篇の話を読んでひっかかったことを言語化するのは相当に難儀な作業であった。でも言葉にできた爽快感はすごい。そうか、自分は大橋裕之の作品を読んで「あの日」のことを思い出していたのだということに気がつくことができた

ぜひ多くの人にこの作品を読んで。あの日の「情熱」や「絶望」を思い出してほしい。

謎にこんな「ゾッキ」グッズが販売されている…。
この服着て、「えっ知らないの?春に映画公開なるよ。斎藤工出るんだよ」って、ゾッキのすごさをドヤるのもよし。

ゾッキCと映画と

なんと2021年3月に続編「ゾッキC」が発売されました。

映画ももうすぐ公開です。

いったい全体どんな映画になるのだろう…キャストは超豪華です。