マンガ

何もできない「ダメ人間」を変えるたった一つの方法(僕の小規模な生活)

「何をやってもダメな自分は…どう生きていったらいいのだろうか?」そんな風に自分を「ダメ人間」だと思っている人は少なくないのではないでしょうか?

「何をやってもダメ」とは、周りの同級生たちと比べて、勉強ができない、人付き合いができない、仕事ができない、なんか自分だけ何をやってもうまくいかない…そんなことです。

学生時代だったら、高校に行ったら…大学に行ったら…と進学のたびにダメな自分を変えようとがんばったりします。

でも社会人になったら…もうなかなかそんな機会も得ることは難しく…もうどうやって生きていったらいいかわからないと思ってしまうこともあるかもしれません。

本記事は、ダメな自分を変えたいというあなたのために、唯一最も効果的な方法を紹介します。参考図書は、福満しげゆきの自伝的漫画「僕の小規模な生活」です。ダメ人間の福満氏がまともな社会生活を営めるようになるには一つの大事な要素がありました

仕事ができない、人付き合いができないという「ダメな人間」でも、何か一つでも継続することによって結果を出すことができるのだということを本書からぜひ知ってほしいなと思います。

「なんだ人のサクセスストーリーかよ、ダメな俺には関係ねー」と思わず読んでみてください。

人がいっぱしになっていくのは漫画みたいなサクセスストーリーじゃないんですよ(漫画ですが)。

福満氏のだめっぷりは、前作「僕の小規模な失敗」の方に詳しいですが、なかなか人のメンタルなんて変わらないんだということがよくわかります。

それでも…ちゃんとメシを食えるようになるには大事なことがありました。結論先に言えば、福満氏は売れないながら10年やり続けたのです。

前置きが長くなってきたので、そろそろいきましょう。

あらすじ レールから外れてしまった…

前作の「僕の小規模な失敗」の続編になります。ヤンキーばかりの工業高校に進学してしまった福満氏が、現実から逃れる方法としてはじめたのが「漫画」を描くということ。

しかしその漫画も鳴かず飛ばず…そんな暗い青春を過ごしている自分に対して、まわりの同級生はS〇Xしたりしている…うー…つらい…死にたい…と悶え苦しむ。

そんな冴えない日々、女性との出会いなんて皆無な福満にもひょんなことから、かわいい女の子と知り合うことができる。

ストーカー扱いされたり、なんやかんや振り回されたりするがその子と結婚するところまでこぎつける。でも漫画は相変わらずパッとしない。いやパッ…すらない。

そんな前作に続き、本作の前半では、その妻との生活、そしてようやく雑誌に載せてもらえるようになった漫画を描く日々が描かれる。

そして後半では妻との間に子どもが生まれたり、同級生への劣等感で苦しんでいた福満氏にとって感激の漫画を読んだという同級生からの連絡が来る…など、ある意味で成功者?みたいな雰囲気も出て来ていたりする。本作は全6巻。

みどころ

漫画もダメ、バイトもできない

妻と結婚した福満は、漫画で食えないので、アルバイトを探します。でも、まったく仕事ができず、すぐつらくなって辞めたがります。

コンビニのバイトでは辞めようにも店長から説得され、辞められずに追い詰められ、結局トンズラこいたりします。

「無断欠勤&携帯に出ない」という…私も大学生の時にそんなこと1回やりましたが…ダメダメですね。

まさか自分がここまで使いものにならないとは…今まで…向いていない…やっぱり辞めよう…前の職場がアットホームだっただけに他の店員さんの東京もんのドライな態度にも耐えれない…

バイトつらくて、妻に「もう辞めたいよ~」と泣きつくシーンはまるでのび太がドラえもんに泣きつく絵と一緒です。

福満の社会性のなさ?すぐ絶望する感じはコチラの記事をぜひ読んでください。

まぁその後なんだかんだで、講談社の漫画雑誌モーニングで「僕の小規模な生活」、双葉社の漫画雑誌アクションで「うちの妻ってどうでしょう」という2本の連載が始まって、漫画で食えるようになっていきます。

ダメでもまぁなんとかなるだろうという世代感

この連載が持てるようになったのが福満氏30歳くらい(「僕の小規模な生活」の連載が2006年~)。高校に入ってから漫画を描き始めた福満氏にとって、だいたい10年とちょっと後くらいなのです。

この売れない間の心持ちを自身のエッセイ本「僕の小規模なコラム集」で世代論と合わせて語っているところが非常に興味深いので紹介します。

福満は1976年生まれの団塊ジュニア世代…バブル崩壊後の就職氷河期の前半の世代でしょうか(1994年~2004年の10年近くの間に就職した世代を言うそうです)。とは言っても今と比べれば全然いい時代でして…

我々の世代は、現在の不景気時代の学生さんの100倍は浮かれてボーっとしていて、カラオケに行って「この支配からの卒業~♪」とか言っているだけの「10代後半から20代前半にかけての小室哲哉楽曲の全盛期世代」の僕らなのです

このように自らの世代を称しています。私が1980年生まれの就職氷河期後半世代なので、なんとなくその雰囲気は分かりますね。そりゃ氷河期かなんかかもしれませんが、今に比べればって感じですかね。

まだ若かったし、仮にマンガ家を廃業せざるを得なくなっても、「何か、いつか、まともな職業に就くんじゃないかな?」って、絶対に就職なんてできないクセに、なんとなく薄ぼんやり思っていて…

このように、人よりも「職を得られない→死に直結感」は強いタイプだった福満ですら、こんなゆるい時代感覚を持っていたのです。

なんだかんだ10年やってきた結果今がある

さきほど、福満が連載を持てるようになるまでに10年かかったと言いましたが、10年なんだかんだマンガ描き続けられた背景には、こんな時代感覚があったのです。

福満より上の世代となると、より挫折しても戻れる感は強かったのではないかと考えられます。

僕なんかの時代より、ずっとマンガ家を目指すことに対する風当りや、サラリーマンなどの王道のコースに乗らない肩身の狭さは今よりも大いにあったと推理できます。(中略)万が一挫折しても、親戚の紹介か何かですぐにサラリーマンに復職できる時代ではあったとは思うのですが

このように福満の下積み時代の1990年代前半~2006年は、ほぼすっぽり就職氷河期と言われる時代に当てはまるわけですが、上の世代よりは「自由さ」があり、下の世代よりはまだ「経済がいい時代」と言えるかもしれません。

そんな時代背景はありながら、なんだかんだで10年以上マンガを描き続けて、連載を持てるようになったというところには注目したいです。

時代よりも妻の存在が最も重要な感じはしますが…。

以前、中川学のマンガ「探さないでください」について書いたこちらの記事でも紹介した吉本隆明の言葉の通りかもしれません。

「あるひとつのことに関してこうやれば食えるようになる」ということの平均値がおそらく10年なんです。十年間毎日ずうっとやって、もしそれがモノにならなかったら俺の首やるよ。(「ほぼ日刊イトイ新聞 吉本隆明・まかないめし二膳目。」より)

まとめ

下積みなんていらないと言われるような世の中になってはいますが、ダメダメな福満が10年以上の売れない時代を経て、売れっ子になった事実はリアルな感じがしますね。

挫折しがちな人は、自分はダメな人間だと思いがちだと思います。でも、そんな人間でも何か一つでも継続することができれば状況は変わるのだということをぜひこのマンガから知ってほしいなと思います。