小説

「仕事ができない夫」を受け止める方法(我が家の問題)

このブログは男性向けに書いているのですが…今回は女性の立場の描写が素晴らしい物語があったので、女性視点のお話を書きたいと思います。

「自分の夫が仕事ができない」ということを知ってしまった妻は、その事実をどんな風に受けて止めるのでしょうか?

取り上げる物語は、奥田英朗「我が家の問題」に収録されている「ハズバンド」です。

「夫は仕事ができない」という事実を知ってしまった妻が、その夫の境遇に深く同情し、そんな夫のためにできることはないかと考え奮闘します。この心理描写がもうなんだかすごく温かい気持ちになるんです。

身内が人からバカにされているって、かなりしんどいですよね。でも、ふりかえれば自分だって誰かをバカにしてしまうこともあり、その相手にも家族がいるわけです。

この物語を読むとなんだか人にやさしくなれるのです。

あらすじ

井上めぐみは現在妊娠中。夫の秀一とは合コンで出会い、1年の交際ののちに30歳目前で結婚した。ごく平凡な男だったが、自分も平凡だったので不満はなかった。

郊外に中古マンションを買い、すぐに妊娠し会社を辞めた。会社でバリバリ働くよりも、家にいて子どもを育て、夫の帰りを待つそんな暮らしが理想だった。

そんな中、秀一の会社のソフトボール大会で同僚や後輩から小バカにされている夫を目撃してしまう。

経済的な部分を夫に頼り切っているめぐみにとっては心中穏やかではいられない出来事だ。それに自分もOL経験があることから「仕事ができない男」がどれほどに辛い境遇に置かれるのかを容易に想像できてしまった。

ごく自然に夫のためにできることを考え、選んだのがお弁当を作ることだった。

みどころ

夫は仕事ができない…その事実を知った瞬間

これ物語のホントの冒頭部分なんですが、ちょっと長いですけど引用しますね。

どうやら夫は仕事ができないらしい。

井上めぐみはそれを、初めて参加した会社のソフトボール大会で知ってしまった。直接指摘されたわけではないものの、全体的な傾向として、我が夫は周囲から軽んじられ、ときとしてからかいの対象とされているのである。

「ぼくがカバーしますよ。いつものことじゃないですか」

後輩社員にベンチでこんなことを言われ、守備でエラーをした夫は言葉を返すこともなく、ただ顔を引きつらせ、苦笑していた。監督の上司はそのとき、「あははは」と天まで届きそうな声で笑っていた。

たまたま近くで見ていためぐみは、突然の出来事にうろたえ、咄嗟にその場を離れた。するすると血の気が引き、心臓が波打った。元々が悲観的な性格なので、ぐっと感情を飲み込んだが、ひったくりに遭ったぐらいのショックはあった。

(中略)

動揺したせいで、想像が一気に突き進んだ。夫は仕事ができない。もしそうだとしたら、彼の毎日は辛いにちがいない。会社というところは、不出来な社員に対してとことん冷淡だ。めぐみ自身も少し前までOLだったので、実体験として知っていた。とりわけ男は、露骨に給料泥棒扱いされる。そう思ったら胸が締めつけられた。

この部分ちょっと素晴らしくないですか。なんか読んでいるこっちもドキドキしてしまいます。

めぐみは「夫は仕事ができない。もしそうだとしたら、彼の毎日は辛いにちがいない。」

夫の気持ちを察する方向へ彼女の気持ちは動きました。

残念ながら、皆が皆、めぐみと同じ反応ではないのだろうと思います。「こんな男と結婚して失敗した」とか「もっと努力させなければ」とか、夫の現状を非難する感情を持つ人も結構いるのではないでしょうか。

会社と家族の違い

彼女がこのように感じた理由は、彼女自身がOL時代に、多くの「仕事のできない男」を見てきたからだという。

彼女は言う「仕事ができない男にとって、会社とはなんときびしい場所なのか。その冷遇のされ方は女のブスをも凌ぐ」なんともすごい表現ですね。

会社は利益を上げるために自然と最適化しようとするわけなので、結果そんなに悪気がなくても…「仕事ができない」ということには冷淡にならざるをえないのでしょう。

「一緒に暮らせば情が湧いてくるのである。今は情のつながりが大勢を占めている、だから離婚は選択肢にない。夫の悲しみは、自分の悲しみだ。夫がうれしければ、自分もうれしい。」とめぐみはいいます。

当たり前だが、家族は会社とは違うのだ。

家族が存在する理由は「利益追及」ではない、共に楽しい時間を「過ごす」ことだ。

人にやさしく

このような事実に気づいためぐみは周りの見方を少しずつ変えていきます。

めぐみはスーパーで買い物をした際に、妊娠中で家まで荷物を持って帰るのが大変なためスーパーの配送サービスを頼みました。

その対応をした男がまるで気が利かない…。妊婦である自分がつらそうに荷物を持ち上げるのを手伝いもしない、商品の詰め方もめちゃくちゃ、しまいには卵は割れるから手で持ち帰りますか?と聞いてくる始末。

怒りからクレームを入れると他の店員がよってきて平謝り、上司と思われる人がその男を呼びつける…そんな様子を見て、めぐみはもしかしたら自分の夫もこんな風に…と想像してしまいました。

そして、その上司と思われる人に、自分が許しを請うように訴えた。

その人のこと、叱らないでください。そんな、大したことじゃないんです。卵ぐらい、持ち帰ってもいいし。そうですよね、割れる心配のあるものは持ち帰ったほうが安全だし、そういうお気遣いをされたのかもしれないし、それなのに、私は怒ったりして、すいませんでした。その人きっと悪くないと思います。だから、お願いですから…

このできない男と自分の夫を重ねてしまい、とっさに庇ってしまいました。衝動的な対応ではあったのですが、冷静な対応でもありますよね。

自分の事を棚に上げて人を責めることなんてできるのか?自分は置いておいても、自分の身内はどうだ?と考えれば、そうやすやすとマウントとって人を責めることなんて本当はできないですよね。

まとめ

めぐみは、おそらく一人で昼食をとっているであろう夫のためにお弁当を作り始めます。「会社が辛いところだとしてら、せめてランチタイムだけは憩いの時間であって欲しい」そんな風に思ったのです。

このめぐみさん本当にいい奥さんだなって思います。

「椅子取りゲームに負けたからと言って、しあわせまで奪われるわけではない」

社会での競争は避けられないけど、その競争での「勝ち負け」と「幸せ」をイコールで結んではいけないということをめぐみは教えてくれました。

競争に強くない夫婦こそ、対人と関係のないところで賢く生きるすべを身に着けられるといいですね。